朴正熙銅像、韓国で急増中 賛否の根にある「日本」の存在
- 国際
- 2025年7月8日
韓国で近年、朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の銅像を建設する動きが相次ぎ、その数は韓国にある歴代大統領の銅像で最多となった。だが激しい反対運動も起きている。推進派と反対派の話に耳を傾けてみると、その対立の根には「日本」の存在があった。
南東部・慶尚北道(キョンサンプクド)には朴氏の古里・亀尾(クミ)市がある。道庁前にそびえ立つのが、朴氏の巨大銅像だ。昨年12月に完成した。建設を推進する団体の事務所を訪ねると、慶北(キョンブク)大(南東部・大邱<テグ>市)の金炯基(キム・ヒョンギ)名誉教授(72)が出迎えてくれた。室内には朴氏と陸英修(ユク・ヨンス)夫人の写真が飾られている。金氏は、銅像の狙いをこう熱っぽく語った。
「朴大統領は高度経済成長を成し遂げ、大韓民国の礎を築いた。しかし正当に評価されておらず(負の側面を)批判する声が多い。銅像によってその業績をきちんと後世に伝える必要がある」 ここで朴氏について振り返りたい。日本の植民地時代(1910~45年)の17年に生まれ、日本のかいらい国家「満州国」(現中国東北部)の士官学校を卒業後、満州国軍中尉として軍務に就いた。48年の韓国独立後は韓国軍の中で台頭。61年に軍事クーデターで政権を奪取した。
◇強権で経済成長をけん引
65年に日本との国交正常化にこぎ着け、日本からの「経済協力資金」5億ドル(現在のレートで約720億円)を元手に輸出を重視した工業化を推進。「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる経済成長をけん引した。だが79年、側近に暗殺された。長期独裁や民主化運動への苛烈な弾圧は今も非難されている。朴槿恵(パク・クネ)元大統領(在任2013~17年)は長女だ。 金氏は「クーデターで政権を握ったことは事実だが、北韓(北朝鮮)との敵対関係の中で韓国を共産化から守る体制が必要だった」と強調する。韓国は60年代、経済力で北朝鮮より劣る貧しい国だった。北朝鮮との闘争に勝つには一定の強権もやむを得なかった、という主張だ。
韓国紙「京郷(キョンヒャン)新聞」の報道などによると、韓国には現在、元大統領の銅像が少なくとも60体ある。朴氏の銅像は計16体だ。このうち5体が23年以降に建設され、2位で初代大統領の李承晩(イ・スンマン)氏(在任48~60年)の13体を抜いて歴代大統領でトップとなった。金氏らの団体以外にも建設を進める組織があるほか、大邱市や慶尚北道慶州(キョンジュ)市は市の予算で銅像を建設した。他にも複数の建設構想が浮上している。
中でも最大のものが、金氏らの団体が推進した銅像だ。個人や市民団体などから計約20億ウォン(約2億3000万円)の募金が集まった。その高さ、約7メートル。ソウル中心部にある李舜臣(イ・スンシン)将軍の銅像を意識し、それよりもわずかに高くした。水軍を指揮した李将軍は16世紀末、朝鮮出兵した豊臣秀吉軍に大打撃を与え、「救国の英雄」として知られる。
◇「英雄」か「親日派の独裁者」か
台座を含めれば李将軍のほうが高いものの、「やり過ぎだ」との批判を招く恐れはないのか。そう問うと、金氏は「朴大統領は、5000年の貧困を打破した韓国の『白頭大幹(ペクトゥテガン)』だ」と訴えた。白頭大幹とは、北朝鮮側にそびえる白頭山から韓国南部の智異(チリ)山まで、朝鮮半島の主に東側を縦断する山脈を指す。「国の骨格を形作った英雄」という主張だ。
こうした銅像建設の動きに強く反発するのが、進歩派の人々だ。
韓国では、87年の民主化を推進した勢力を源流とする進歩派と、李承晩、朴正熙の両氏ら反共産主義の強権体制に起源がある保守派が対立してきた。現在の李在明(イ・ジェミョン)大統領は進歩派の「共に民主党」の前代表であり、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領は保守系の「国民の力」に属した。 反対運動を続ける団体で幹部を務める厳昌玉(オム・チャンオク)氏(66)も金氏と同じく慶北大の名誉教授。「朴大統領は白頭大幹か」と問いかけると、厳氏はこう憤った。「日本の元軍人で、日本と結託した親日派は、絶対に白頭大幹ではない」
「親日派」は韓国政治の文脈では「日本の植民地支配に協力した売国奴」を意味する。厳氏は日韓の国交正常化についても、慰安婦や徴用工など「多くの問題が解決されないままになった」と批判する。「民主化運動を弾圧した親日派の独裁者の銅像を21世紀の今、建設することは時代の精神に反する。撤去すべきだ」と強調した。
厳氏が考える白頭大幹は、金大中(キム・デジュン)元大統領(在任98~03年)だ。金氏は民主化運動の指導者として活躍。朴政権下では内乱陰謀罪などで死刑判決を受けて獄中で過ごし、民主化後に釈放された。4度目の挑戦で大統領選に勝利し、進歩系で初の大統領に。00年に北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記との初の南北首脳会談を実現し、ノーベル平和賞を受賞した。
厳氏は、植民地時代に中国などで独立運動を続けた金九(キム・グ)ら運動家の名を挙げ「日本からの独立のために尽力した人たちに連なる系譜こそが白頭大幹だ。金大中大統領は、親日派(の朴正熙氏)の弾圧に耐えて民主化に寄与した」と訴える。
◇現在の地域対立に影響
双方の歴史観は真っ向から衝突し、折り合いをつけるのは難しい。この相違が、今の保守と進歩の分断の底流にある。それは、朴氏の出身地である南東部の嶺南(ヨンナム)地域(慶尚北道・慶尚南道や大邱など)と、金大中氏の古里の湖南(ホナム)地域(全羅<チョルラ>北道・全羅南道や光州など)の対立の要因の一つにもなっている。6月の大統領選で当選した李大統領は湖南で8割超を得票したが、嶺南での得票率は「国民の力」から出馬した金文洙(キム・ムンス)氏に遠く及ばなかった。
今年は、朴政権で実現した日韓国交正常化から60年の節目。また、8月には日本による植民地統治の終焉(しゅうえん)から80年を迎える。だが過去の歴史は今も、韓国社会に根深い亀裂を残している。
毎日新聞より転用
コメントする